1. 祖国解放戦争
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『祖国解放戦争』は、「第二次世界大戦の結果、日本が東西に分割され、1950年に東が西に攻め込む」という仮想設定に基づいた作戦級ゲームです。「日本が東西(南北)に分割される」という刺激的な状況設定にインスパイアされ、タイ・ボンバ氏がデザインしました。コマンドマガジン第181号で、そのことが少しだけ触れられています。
日本が東西に分割される、というifの昭和は、非常に興味深いもので、多くの作品で扱われてきました。古くは矢作俊彦の痛快作『あ・じゃ・ぱん』(角川文庫)。また2022年には、2033年に中国とアメリカに分割統治された日本を舞台にした警察小説『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』(マルカ・オールダー /フラン・ワイルド/ジャクリーン・コヤナギ/カーティス・C・チェン/竹書房)が刊行されました。昨年も貫井徳郎『ひとつの祖国』(朝日新聞出版)が出版されています。
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北海道の根室沖から上陸したソ連軍は、破竹の勢いで北海道を制圧し、本州になだれ込んだ。もしソ連軍に勢いがなかったなら、日本政府は様子見をしていただろう。だがソ連軍の侵攻があまりに速かったため、天皇の動座という一大事にも迷っている暇はなかった。天皇は京都へと逃れ、ソ連軍の捕虜になるという最悪の事態を免れることになった。
結局それが、東西分割を容易にしたと後の歴史家は分析している。天皇が東京に残ったままだったなら、その身柄を巡ってアメリカとソ連の間で悶着があっただろうことは間違いないからだ。しかし天皇は、西に逃れた。お蔭で天皇制は存続し、西日本には立憲君主国が維持された。天皇は、ロシアのロマノフ王朝と同じ運命を辿らずに済んだのである。
そうして、西日本には大日本国、東日本には日本人民共和国が誕生した。西は民主主義国家、東は共産主義国家であった。ドイツとほぼ同じであり、違うのは唯一、〈東京の壁〉は存在しなかった点だけである。ベルリンのように、東京の中に民主主義体制のエリアが誕生することはなかった。
国境は、新潟の糸魚川と静岡の富士川を結ぶ線と決められた。これはもともと、電力の周波数が切り替わる線だった。歴史的な由来で、東日本では五十ヘルツ、西日本では六十ヘルツの電気を使っていた。その境界線をそのまま国境としたのである。東西に分かれる線が以前から存在していたなら、そこを国境とするのはどちらの陣営にとっても納得しやすかったためだった。
『ひとつの祖国』より
佐藤大輔『征途』の影響を強く受けた『祖国解放戦争』の(仮想)歴史的背景は、レイテ沖海戦に合衆国が敗れ、ために対日戦スケジュールが遅滞し、1945年6月、史実から2カ月遅れの沖縄戦と時を同じくして、ソ連が南樺太に侵攻します。樺太を制圧したソ連軍は北海道に上陸するも日本軍の抵抗に遭い、それを見かねたトルーマンが、日本軍の組織的抵抗を終わらせるため、そしてソ連に合衆国の力を見せつけるために、旭川と函館に反応兵器を使用する、というものです。2発の新型爆弾の威力に慄いた日本政府はたちまちポツダム宣言を受諾。その時点で日本本土に地上部隊を置いていた唯一の連合国であるソ連が、他国を出し抜いて東日本を統治します。分割線は中部山岳線で、『ひとつの祖国』とほぼ同じです。
もう少し東で分割され、東京を東西に隔てる「壁」が存在する作品もあります。
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第二次世界大戦の終結とともに勝者である連合国軍は、かねてよりの計画に基づいて日本を分割占領した。
北海道と東北6県、茨城、栃木、埼玉、群馬、千葉県がソ連の統治地区となり、残る地域は米英当地区となった。
やがてそれぞれが日本人民共和国(東日本国)、および日本国として独立……
東日本国は国境を封鎖した。
首都東京も分断され、東側の約半分が東日本国の領土となった。
境界には高い壁と緩衝地帯が設けられ厳重な監視体制が敷かれていた…
『国境のエミーリャ』第1巻より
これらの作品はifの世界を楽しむのと同時に、仮想の状況を通じて、今の、あるいは未来の日本が直面する問題を描こうとしています。
では『祖国解放戦争』はゲームを通じて何を描こうとしているのか。端的に言って、デザイナーの目的は朝鮮戦争のような動的な戦いを本州で行わせたい、というものです。それ故、原題は『The Honshu War, 1950-1953』であり、釜山=下関に国連軍が追い込まれるも仁川=石狩にパットン(マッカーサーはレイテ沖海戦で戦死)が上陸して北日本軍の連絡線を断ち、形勢が逆転するも、中国人民義勇軍=ソ連人民義勇軍が参戦して国連軍は東西分割線まで押し戻される……という展開を考えていました。
しかし、どのようにプレイしてもそのような展開にはならない。ユニット数の差で北日本軍が国連軍を圧倒してしまいます。そこで2020年に発売された中国語版『向南進』では戦術カードを用意してゲーム的な面白さを付加しました。日本語版『祖国解放戦争』では、デザイナーの目的を達成するために以下の変更を行いました。
- 勝利条件の変更とステージ制の導入
- 両軍の質の差を強調
- 『征途』リスペクトなら……
(1)についてですが、オリジナルの勝利条件は敵より1.25倍多いVP(Victory Points)を獲得すること、でした。大都市と都市の支配が主なVP獲得源で、国連軍は増援を投入すると減じられます。ほぼ同数のVPからゲームは始まるので、共産軍は一瞬で勝利条件を満たしてしまい、そこから前進しようとしないでしょう。
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そこで、開戦直後を第1ステージ、 国連軍が上陸すると第2ステージ、ソ連人民義勇軍が介入すると第3ステージにし、それぞれ共産軍は相手の3倍のVP、国連軍は相手の2倍のVP、相手より多くのVPを獲得しないと勝利できないようにしました。これにより共産軍がサドンデスを狙って下関まで攻め込むオプションが現実的なものになります。
ステージが進むごとに勝利条件が緩和されるのは、両軍が疲労し、モメンタムも失われ、講和のテーブルにつきやすくなる状態を表しています。
オリジナルでは両軍の部隊に差はなく、ただ戦闘力と移動力が違うだけです。それではユニット数が少ない国連軍は圧倒的に不利で、しかもZOC(Zone of Control)がなく、戦線を張るためにはユニットを満遍なく並べなければならないのでなおさらです。そこでユニットはZOCを持つこととし、しかし機械化部隊(国連軍のほとんど)は非機械化部隊のZOCを無視して移動できるようにしました。さらに機械化部隊は戦闘結果を軽減できるようになっています。これらのルールにより、単にユニットをぶつけるだけでなく、適切な用兵により敵の前進を遅らせる、あるいは鋭い反撃を行えるようになりました。
『征途』をリスペクトしてデザインしたというなら、護衛艦〈やまと〉は外せません。この他にもオプションで追加ユニットを用意し、両軍ともVPを支払うことでランダムに得られるようにしました。相手がどんなオプション・ユニットを引いたのかわからないため、例えば北日本軍が楽勝と思っていた静岡あたりの攻防戦に〈やまと〉が颯爽と登場、18インチ砲の艦砲射撃支援で敵の攻撃を粉砕する……といった展開も楽しめるようになっています。
また『ひとつの祖国』では、天皇が京都に動座していますが、本作の京都にも「昭和の象徴」が初期配置されます。昭和の象徴がもたらすVPとルールの意味に関しては、ゲームを通じて考えていただければと思います。
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幸いにも日本は戦後、分割されることなく、そのおかげもあって比較的穏やかに「昭和100年」を迎えることができました。しかし東西(南北)に分割されていれば、今のような「ゆるさ」が許される国にはならず、そもそもウォーゲームで昭和100年・終戦80年を振り返ることなどできなかったでしょう──内戦が行われることなく東西が統一された『ひとつの祖国』のような世界でさえもです。そんなことを思いながら『祖国解放戦争』に挑んでいただければ幸いです。