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ハワイは燃えているか?

本稿は『見敵必戦 戦略的思考の練習問題』にも収録された『ヴィクトリー・イン・ザ・パシフィック』のレビューです。その内容は今なお色あせることはありません。同作をベースにした『アドミラルズ・ウォー』の太平洋戦域にも当てはまることが多く、プレイの参考にしてもらえると考え、本誌(*)に掲載させていただきました。
* フリーペーパー版BANZAIマガジン第9号(2024年7月発行)

海戦から見る太平洋

太平洋戦争をテーマに取るシミュレイションゲームには、難易度の高い作品が多い。陸、海、空と、それぞれ性質の全く異なる、三つの重要な要素が複雑に絡み合い、影響し合った戦いなのだ。その特徴をシミュレイトしようと思えば、いきおい込み入ったシステムを採用せざるを得なくなるのだろう。プレイング・タイムも、『ウォー・イン・ザ・パシフィック』(SPI/ホビージャパン)で200時間以上、『パシフィック・ウォー』(ヴィクトリーゲームズ/ホビージャパン)で100時間以上(*1)、コンパクトかつプレイアブルにまとめた『パシフィック・フリート』(ホビージャパン)でも20〜30時間はかかる(*2)。

陸海空の三要素と言っても、やはり太平洋戦争においてメインとなるのは海である。そして、もっぱら海戦の要素の視点から捉えることで、非常に簡潔な太平洋戦争のシミュレイションを成り立たせたのが、『ヴィクトリー・イン・ザ・パシフィック』(アバロン・ヒル)なのだ。『ヴィクトリー・イン・ザ・パシフィック』(以下VITP)で使用されているシステムは、基本的には以前に発表された『ウォー・アト・シー』(以下WAS)(JEDKO/アバロン・ヒル)のものと同様である(*3)。マップは海域を表すエリアで区切られ、その中に各国海軍の軍港となる島や陸地が描かれている。移動のルールに従って、一方のプレイヤーが手持ちの艦船の中から望むだけのものを、望む海域に出動させる。すると、もう一方のプレイヤーがそれを見て、同様に望む艦船を海域に出動させる。その結果、同一の海域に敵対する艦船が存在した場合に海戦が発生する。海戦は、どちらか一方の側が撤退するか撃沈されるかして、その海域からいなくなるまで続けられる。

こうして艦船を残したほうのプレイヤーが、その海域の制海権を得る。制海権を得たプレイヤーには、取った海域の重要度に応じたヴィクトリー・ポイントが与えられる。この制海権争いをゲーム終了まで繰り返して、累加したヴィクトリー・ポイントがより高いほうが勝利するというものだ。

WASは、イギリス海軍対ドイツ海軍の大西洋の戦いを扱った作品であり、VITPは、いわばそれを太平洋に応用したものである。しかし大西洋と太平洋、二つの戦いは、全く違った性質をもっていた。それは各国海軍固有の性格の差であった。

*1 2022年にGMTから再版され、公式のプレイ時間は250時間になった。
*2 本作はサンセットゲームズで再版され、VUCAシミュレーションズからもリプリントされる予定がある。

*3 JEDKOからは1992年に『ヴィクトリー・アト・シー』が発売され、国際通信社(現IED)から日本語版がリリースされた。コンパス・ゲームズからも再版予定。WASのアップデート版とも言える内容。

戦略海軍VS戦術海軍

ではまず、第二次大戦当時のドイツ海軍の本質とは、どのようなものだったのか。それにはドイツという国が、当時どのような意味を持っていたのか、を考えてみなければならない。

ハートランドの理論と言われる地政学的概念がある。ハートランド、つまりユーラシア大陸の中央部には、背後に、陸軍力にも海軍力にも脅かされることのない北極圏を持っている。ここを制すれば、それを取り囲む内周の半月弧まで勢力を拡大してゆける。それによりユーラシア大陸とアフリカ大陸という世界島(ワールド・アイランド)を制し、ひいては外周の円月弧まで制し、全世界に君臨することができる。そしてハートランドを制するには、東欧を制することが必要である、というものだ。

ドイツは東欧を制し、ハートランドを制することの可能な有力候補であった。大陸の一大ランド・パワー国家だったのである。第一次世界大戦でドイツの拡張を阻止した内周、外周の半月弧の国々、イギリス、フランス、アメリカなどは、これらの国々と同等の海軍力(シー・パワー)を所有することをドイツに許さなかった。ベルサイユ条約によってドイツは、海軍力を著しく制限された。WASでも、ゲーム開始時にドイツ海軍が7ユニットしか持っていないのに対して、イギリス海軍は27ユニットの威容を誇っている。

もともとがランド・パワーのドイツである。シー・パワーは、それによって命脈を保つ外周の半月弧の国家、当時においてはイギリスの、存在基盤を揺るがすに足ればよかった。イギリスはその周囲の海、全部を守らなければならない。ドイツはそれらのうちどこかを突き崩すだけで、かなりの部分、目的を達成することができるのである。WASでは、1海域あたりの得点が、イギリスには1点が与えられるのに対し、ドイツには2点から3点与えられることで表現されている。イギリス海軍は多くを守り続けなければ得点できず、ドイツ海軍は最も守りの弱い海域を1つ2つ取れば充分なのだ。

つまり、ロイヤル・ネイビー(イギリス海軍)が戦略海軍なのに対して、クリークス・マリネ(ドイツ海軍)は戦術海軍だったのである。質の異なる2つのシー・パワーが、大西洋をめぐって戦いを繰り広げることになった。そしてドイツ海軍は、その質に合ったドクトリンをもって戦った。「艦隊保存主義(フリート・ビーイング)」である。数で勝るイギリス海軍との不必要な決戦を避けて常に戦力を充実させておき、確実に勝てる戦いのみを戦う、というものだ。決戦を行えば、個々の艦の性能や練度で勝るドイツ海軍が勝つだろう。しかし、それによってある程度の艦の損失は、避けることができない。絶対数で圧倒的に劣るドイツ海軍としては、その後の戦いにおける影響の仕方が、イギリス海軍の場合とはまるで違ってしまう。次の戦いでは、今まで確実に勝てる戦いだったものが、不確実で、しかも損失を伴うものになってしまうだろう。こうした悪循環が、ドイツ海軍を敗北に導く。

WASでも、このドイツ海軍の質的性格を踏まえた考え方を理解していなければ、まともな勝負にならない。ゲーム早期にイギリス海軍が、あっさりと勝利を決定づけてしまう。決戦による消耗戦で、ドイツ海軍を沿岸警備隊にしてしまうだろう。

War at Sea (Second Edition) (1976) Designer: John Edwards Publisher: The Avalon Hill Game Co
多くの人がWASと言って思い出すのがこの第2版だが、初版はJEDKOから1975年に発売された。
北海に連合軍のポイントがない、蓄積ポイントの上限が8までといった違いがある。

戦略海軍VS戦略海軍

一方、VITPの主役たち、日本海軍とアメリカ海軍はどんな海軍だったのか。ハートランドの理論から見れば、日本、アメリカともに外周の円月弧に属する国家である。海軍力がその国の命運を大きく左右する国家なのである。故に、両国の海軍とも、イギリスの戦略海軍と同じ性格を持ったものになった。実際、アメリカ海軍はイギリス海軍が枝分かれしたものだし、日本海軍もイギリス海軍を手本につくり上げられたものだ。

それでは何故、外周の半月弧に含まれる海軍同士が戦わなければならなかったのか。本来なら、ハートランドから内周の半月弧へと拡大してくる勢力に対して、潜在的な同盟関係にある筈の存在同士なのに。

1941年当時、ヨーロッパではドイツが東欧を制した上、外周の円月弧の国から、内周の円月弧に対する橋頭堡とも言えるフランスを奪い、さらにハートランド制圧を企て、ソ連へと電撃的侵攻を行っている最中だった。西ヨーロッパに残された唯一の外周の円月弧の拠点、イギリスに対しては、前述のWASにも示される艦隊保存主義をもって通商破壊戦を行い、存在を脅かしていた。

太平洋においては、中国大陸に進出していた日本が、ドイツ、イタリアとともに三国同盟を締結する。アメリカは、中国から手を引くよう日本に要請した。日本はそれを拒否し、かくして太平洋戦争は始まってしまう。日本が中国に進出したのは、急速な近代化を遂げ、世界の列強に伍すべき必要に迫られてのことだった。帝国主義の時代には侵略を行うか、されるかの2つに1つだ。そして、それと同時に外周の円月弧、日本としてはハートランドから拡大してくる勢力に対する一種の緩衝地帯を、内陸の円月弧に設けておきたかったのだ。

ところがアメリカは、中国が侵略されることを好まなかった。理由は、中国にはハートランドから拡大してくる勢力に対しての対抗勢力として、独自の力を持っていて欲しかった、ということになるだろう。そんな時に日本は、中国に進出したままドイツと手を結んだ。東欧を制し、今やハートランドを制するのも時間の問題か、とも思えるドイツとである。アメリカは見過ごすことができなかった。日本は中国を手放すことができなかった。これまで築き上げてきたものを、殆ど全て失うことになるからだった。

戦略海軍対戦略海軍の、史上例を見ない規模の戦いが始まることになったのだ。

Victory in the Pacific (1977) Designer: Richard Hamblen Publisher: The Avalon Hill Game Co
今なおネットのフォーラム上で追加ルールやトーナメントの模様が発表されている息の長い作品。
WASの第3版を発行したL2 Design Groupが再版を計画していたが実現していない。

勝利に導くもの

VITPは、1ターンが5カ月、1ユニットが1隻の艦船(ただし巡洋艦以上。駆逐艦など小型艦船は省かれている)を表す。地図(と言うより海図か)には、北はアリューシャンから南はオーストラリアまで、西はインド洋から東はハワイまでが収められ、13の海域に区切られている。各海域の間には、それぞれの側の軍港となる島や陸地が描かれている。41年の12月から開始され、日本海軍が実質的作戦能力を失った44年末までを扱う。

戦略海軍と戦略海軍とが激突した場合、どうしても消耗戦になる。消耗戦になった場合、必然的に生産力に勝るほうが勝利することになる。結局はアメリカが勝つということだ。ゲームでも最終ターンになると、日本海軍の偉容は見る影もなくなる。地図上の殆どの海域を奪われ、叩きのめされている。が、それでもなお、ゲーム上の勝利条件、つまり得点では日本が勝つ率のほうが高い。

VITPが、アメリカ人のデザイナーがアメリカのメーカーから発表した作品だということを考えると、何か不思議な気がしないでもない。しかし、それも当然と言えば当然なのだ。日本海軍プレイヤーは、史実を知ってプレイするのであり、より有効な作戦を選ぶのだから。

例えば、真珠湾だ。パール・ハーバーへの奇襲は、メリカ相手に真っ向から戦うのではどうやっても不利と考えた日本海軍の、窮余の策である。機先を制して敵に一大打撃を与え、何とか勝負に持ち込もうというのだ。いわば、もたざるものの策であって、ドイツ陸軍が完成させた装甲部隊による電撃戦と同じ発想である。乾坤一擲なのだから、中途半端は許されない。それなのに、どうしたわけか第一次攻撃が大成功だったにもかかわらず、第二次攻撃を行ってその成功を完璧なものにしなかった。

VITPは、日本海軍プレイヤーによる真珠湾奇襲で開始されるが、ちゃんと第二次攻撃を選択することが可能になっている。もちろん、やるべきなのだ。ここでたとえ決戦になったとしても、有利と言える。決戦を行えば、戦いそのものは有利ではないかも知れない。日本の空母や高速戦艦に少なからぬ損害が出るかも知れない。だが、有利なのだ。

開戦時、タイミングを合わせて整えられてきた日本軍の戦力は最高潮にある。一方のアメリカ海軍は、後々圧倒的生産力に裏付けられた物量にものを言わせるとは言っても、最初は、特に第一次奇襲直後は、量的に日本海軍に劣っている。この時点のアメリカ軍の損失は、それによってもたらされる日本の損失以上に、アメリカに不利に働く。ちょうど大西洋でドイツ海軍が自軍の損失に非常に脆いのと同じ状況にある。

だから日本海軍プレイヤーは、自軍にモメンタムがあるうちには、最大限有効にそれを使って、イニシアティブを取り続け、守りに回らざるを得ない立場に相手を立たせるべきだ。その点で、日本海軍のもっていた決戦思想は正しい。ただし、前半においてだけである。イニシアティブを握っている限りは、だ。日本海軍は決戦思想に取り憑かれており、最後までそれを捨てなかったのだが、後半においては決戦思想はもはや自殺行為に等しく、健全な判断とは言えない。

日本海軍プレイヤーに与えられる増援はほんのわずかであり、アメリカ海軍の膨大な増援(国力の差である)の前に、さすがに後半に入ると数的に追いつかれ始める。そうなると、今度は立場が全く逆になる。決戦で相手により多くの損害を与えたとしても、受けた損害が及ぼす影響が致命的となるのは、日本海軍のほうなのだ。

VITP上の戦略で言えばこうなる。真珠湾奇襲で第二次攻撃を敢行した後、42年最初の作戦は、再びハワイ強襲を行う。最初に取った海域を守っていてはいけないのだ。守るためには戦力を分割しなければならない。そうするとアメリカは、その最も弱い部分を突いてくるだろう。初期の日本海軍が強力とは言え、全てを守れるほど強力なわけもない。分散投入、各個撃破のパターンに陥り、優位はいともたやすく覆されてしまう。

ハワイというアメリカ海軍にとって最重要地点を脅かす海域に出撃すれば、アメリカはこれを受けて立つか、ハワイを捨てて確実に勝てる別の海域に出動し、ハワイとその海域を交換する形で戦略上のバランスを取るか、決断を迫られる。日本海軍としては、どちらでも有利なのだ。ハワイ海域が取れれば、それによって得られるヴィクトリー・ポイントは高い。またアメリカ海軍の増援はハワイに現れるため、それらの行動を規制することができる。相手が制海権を握った海域に入った場合、必ずそこで移動を中止しなければならないからだ(*4)。次のアメリカ軍の戦略を限定し、日本の戦略に柔軟性を与える。

もし、決戦を挑んでくるようなら、こんな有利なことはない。日本は質、量ともに優勢であり、たとえ相討ちの結果だとしても、前述したようにその後の戦いを有利に展開できるのだ。その上、うまくゆけばハワイ海域も取れるのである。

こうしてイニシアティブを取れる限り取り続けてゆくと、決戦を行ってしまったら次の作戦の目算が立たない状況がやってくる。そうなったら慎重に決戦を避けて、戦術海軍的な守りをするべきだ。取らせるところは取らせても、相手の虚を突いて取れるところを取るのである。日本海軍の命脈を、可能な限り存続させる努力をするのが、プレイヤーの義務であろう。

同質の戦略海軍と戦略海軍のぶつかり合いとは言っても、単なる消耗戦ではない。大局を睨んだ大戦略は不可欠になる。全てを踏まえたVITPの日本海軍プレイヤーは、勝つことができるわけである。

もっともそれは、虚しい勝利ではある。あと1ターンか2ターン、つまり45年に入るまでやれば、全ての海域の制海権はアメリカが握り、全ての日本軍艦船は撃沈されているだろうことは、明白な状態になっている筈だ。しかしながら、それこそが正しいシミュレイションではないだろうか。

日本の採った中途半端かつ頑迷な戦略ではなく、冷静な判断に基づいた戦略を用いれば、日本海軍は史実以上の戦いが可能だった。ゲーム上は勝てる。が、45年にはどのみち、日本の継戦能力は消滅していた。歴史上は勝てない、ということになるのだ。そしてゲーム上とは言え、日本が勝利でき、こうした結論の導き出されるシミュレイション・ゲームVITPが、先にアメリカで発売されて、今なおアメリカでプレイアブルな太平洋戦争シミュレイションとして人気を保っていることに、アメリカ人の健全な判断力を感じずにはいられない(*5)。また、それこそが太平洋戦争で、アメリカにゲーム上でも歴史上でも勝利をもたらしたものなのだろう。

VITPより詳細な同テーマのシミュレイション・ゲームは多い。それらは太平洋で戦われた戦闘の特徴をよりよく捉えているだろうし、そのメカニズムも明らかにしてくれるだろう。だがVITPほど単刀直入に、プレイヤーに対して太平洋戦争の本質や大戦略を考察することを迫るものはない。

*4 『アドミラルズ・ウォー』では、真珠湾またはハワイ諸島が敵に支配されているとアメリカ軍の増援は、パナマ運河(大西洋マップに存在し、日本軍に支配される心配がない)に登場できる。これによりVITPにおける「トラップ」は解消されている。ただしパナマ運河(ゲームでは西海岸も表す)は遠いため、アメリカ軍の移動が制限されることに違いはない。

*5 ずばり「Victory In The Pacific」というツイッター(現X)のアカウントがあり、今日なおVITPを楽しんでいるアメリカ人の様子を日々伝えている。

平和をもたらすもの

筆者は日本人として、いや人間として、太平洋戦争の記録を涙なくして読むことができない。かくも大勢の、かくも立派な人々が、何故に死んでゆかねばならなかったのか。まことに残念でならないのだ。

戦争は国際関係のバランスが崩れた時に起こる。平和をして、戦争が起こっていない状態を指すのなら、平和はバランスを取ることで達成される。国際的なバランスを取るためには、冷静な分析と健全な判断力が要求される。

未だに日本では8月15日を「終戦記念日」と称している。あれはやはり「敗戦」と称すべきではないだろうか。終戦という言葉には、分析と判断は伴っていないように思える。敗戦と言って初めて過去を学ぼうとの姿勢が出てくるのではないだろうか。もうそろそろ、敗戦を敗戦と呼んで、きちんとすべきだと思う。同じミスを繰り返したいと思わない。筆者は単なる一ゲーマーである。それでも、戦争の内容、実態、本質について学び、冷静に分析し、健全な判断を下す、ということが、平和の維持には不可欠な条件だと考えざるを得ない。

シミュレイション・ゲームをやるほどに、その考えが強くなるのである。

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