本稿は「BANZAIまがじんEX」第5号に掲載された諸岡幸治氏のレビューです。『Pacific Tide』日本語版発売記念で記事を公開させていただきました。本レビュー、『Pacific Tide』(と『Ostkrieg』)のシステムが持つ美点を見事に解説してくれており、購入を検討されている方の参考になるのではないかと思います。
時代や舞台が異なる戦いを同一システムで再現してしまうという、なんとも壮大な「どうしてこうなったシリーズ」を紹介する本コーナー。栄えあるトップバッターとなるのは『Ostkrieg: WWII Eastern Front』(CG, 2020)と『Pacific Tide: The United States Versus Japan, 1941-45』(同, 2019)の2作品です。どちらも割と最近にリリースされているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
ちなみに、この2タイトルは同じシステムを利用した大戦略級のゲームではありますが、厳密に言えばシリーズ作品というわけではありません。グレゴリー・スミスをデザイナーとする『Pacific Tide』に関しては、第一次世界大戦をテーマとした『Imperial Tide: The Great War – 1914-1918』 がCompass Gamesから続編として発売予定[本稿発表当時。2022年に発売されました]となっており、ミッチェル・レドフォードの『Ostkrieg』に関しては別に西部戦線バージョンが計画されています。また、時系列でいえば最初にデザインされたのは『Ostkrieg』ですが、出版の順番としては『Pacific Tide』が先です。このあたり、非常にややこしい関係ではありますが、基本的なルールに関しては双子のようなものなので、本稿では同じシリーズと見なして、まとめて取り扱うことといたしました。
それにしても、いったいいかなる手法によって全く異なる戦場、状況のシミュレートを実現しているのか、さっそく両作品のシステムを見ていくことにしましょう。まず共通する部分としては、生産要素を含むグランドストラテジーであること、それを比較的コンパクトな17×22インチサイズのハーフマップと、カードドリブンにより実現している点が挙げられるでしょうか。
1994年に、マーク・ハーマンにより『We the People』に採用されたカードドリブンシステムは、ゲームにおける移動や戦闘、イベントの発動といったアクションの実施に、カードを使用するというのが基本的なアイディアとなっています。両作品ではこれを一歩推し進めて、カードにより実施できるアクションを厳密に規定し、さらに「買い戻し」(buy back)あるいは「再購入」(re-buy)と呼ばれる斬新なカードメカニズムを導入しています。
ゲームの基本的な流れは、双方のプレイヤーが交互に手札から1枚のカードを使用し、アクションを実施していくというもの。通常のカードドリブンゲームであれば、カードの使用により実施できるアクションには複数の選択肢がありますが、両作品で実施可能なアクションは、カードに応じてあらかじめ指定されています。たとえば『Pacific Tide』の「Limited Operations」カードならば、「1エリアを活性化させて移動を行い、そののち1箇所のエリアに対して攻撃または上陸作戦を実施できる」といった具合。プレイヤーはカードの使用にあたり、記載されているアクションを順番通りに実施しなければならず、アクションの順序を変更したり、その他の目的に使用することはできません。
ここで重要なのが、ユニットの補充や新規生産、通商破壊などの戦略戦闘といった要素ですらも、すべてカードプレイにより行われるということ。本シリーズにおいて、「移動フェイズ」、「戦闘フェイズ」、「生産フェイズ」といった、シーケンシャルなターン処理手順は存在しません。どのアクションをどの順番で実施するかは、純粋に手札の内容とカードを使用する順番にのみ依存しているわけです。そのため、後方に生産したユニットを続くカードプレイにより移動させて前線の戦闘に参加させ、補充ののち再び移動させるといったことも可能です。デッキの中に、ひとつとして同じ内容のカードがないのも大きな特徴といえるでしょう。
カードドリブン・システムにデッキビルド要素を追加
共通システムの部分を、もう少し細かく見ていくことにしましょう。どちらの作品も1ターンは1年のスケールとなっており、各ターンの開始時点において既定のカードセットが新たに手札に加えられる仕組みです。たとえば1942年ターンであれば、「1942年」とマークされたカードのすべてが、自動的に開始時の手札に入れられるということ。これにより、歴史的なイベントやアクションを、史実と同じタイムラインで再現することが可能となっているわけです。また前の年度までのカードは各陣営のデッキプールに置かれ、生産ポイントを消費することで手札に「買い戻す」ことができます。もちろん強力なカードであれば、それだけ多くの生産コストを支払わなければなりません。
前述のように、手番におけるアクションは使用カードによって厳密に規定されているため、ターンにどれだけの移動や戦闘を実施し、新規ユニットの生産や配置を実施できるかどうかは手札の内容に依存します。当然ながらすべてのカードを買い戻すだけの生産ポイントは与えられませんから、その時点のターン戦略に応じてデッキを構築していく必要があるわけです。
ちなみに基本となるメカニズムを考案したデザイナーのレドフォードは、カードシステムを採用した意図について「プレイヤーの政治的・経済的・戦略的な選択肢を抽象化し、これを制限すること」にあると語っています。余談になりますが、ゲームの流れを史実に従って制御するためには、ルールでプレイヤーにさまざまな制限を課していくことが一般的です。
たとえば太平洋戦争をテーマとした作品で、プレイヤーに完全なフリーハンドを与えてしまうと、日本軍プレイヤーにとって「どうせゲーム後半で連合軍に反撃されるのだから、攻勢を控えて戦力を温存しておこう」という戦術が最適解となってしまう可能性があります。個人的には、そういう自由度の高いデザイン手法もアリかと思いますが、史実ルートが指揮官たるプレイヤーの選択肢にまったく乗らないのであれば、シミュレーションとしては疑問符がつくところです。
そのため通常のゲームでは、勝利条件などの様々なルールによりプレイヤーの行動を制限し、デザイナーの意図するゲーム展開への誘導が行われます。ここで問題になるのが、ゲームを制御しようとすればするほど、ルール分量やプレイヤーに対する制限が飛躍的に増加していくということ。政治、経済などの要素が複雑に絡み合う大戦略級ゲームでは特にこの要素が強く、ターンシークエンスが複雑化するだけでなく、特殊な状況でのみ適用されるルールがズラズラと並ぶことになります。両作品のカードシステムは、この問題をきわめてシンプルな手段で解決するものと言えるでしょう。
もうひとつ、両作品における特徴的な部分として注目したいのが、ユニットの練度差やテクノロジーの優越、ドクトリンの進化による戦闘力の違いを、きわめて単純な戦闘システムで反映させている点です。レドフォードは『Ostkrieg』のデザインノートにおいて、「ソ連軍は1941年中に多くの攻撃を実施したが、戦略的に見て冬季攻勢までは有効なものではなかった」と指摘しています。
本シリーズの戦闘はユニット数に応じたダイスを振ることで解決され、4から6の出目が出た場合にヒットとなります。『Ostkrieg』におけるソ連軍は、1941 年ではユニット6個につき1つのダイスしか振ることができませんが、42年には5個につき1つ、43年には4個につき1つという具合に徐々に交換率が向上していくルールとなっています。これにより、ユニットの置き換えや追加なしに、赤軍の戦闘力向上を表現しているわけです。『Pacific Tide』でも、開戦からダイス交換率が低下していく日本軍に対して、次第に改善していく連合軍という構図となっています。
同様に、基本となる交換率の設定を変えることで、艦載機と陸上機、あるいはドイツ軍と同盟国軍の練度の違いを表現しているのが面白いところでしょうか。仕組み自体がシンプルなので、陸戦から空戦、海戦までをすべて同じ戦闘手順で解決できる点も、まったく性質の異なる戦場に共通のシステムを適用できた理由のひとつといえるでしょう。
ドイツ軍に勝機はあるのか? 東部戦線全体をカバーする『Ostkrieg』
さて、ざっくりと共通のメカニズムについて掴んでいただいたところで、いよいよ個々のゲームについて見ていくといたしましょう。まずは2020年に発売されたばかりの『Ostkrieg』です。本作は1941年のバルバロッサ作戦から1944年までを扱った作品ですが、よくある東部戦線キャンペーンゲームのように、最終的にソ連軍がベルリンまで押し寄せてくるような想定にはなっていません。勝利判定はVP都市の占領による勝利得点によって行われ、ドイツが勝利するためには開戦時のラインよりも少し押し込んで、3つ以上のVP都市を確保する必要があります。具体的にいえば、レニングラード、モスクワ、ロストフ前面あたりで戦線を維持するイメージでしょうか。
ただしゲーム後半におけるソ連軍の攻撃能力を考慮すると、正直なところ枢軸軍にとってかなり厳しい条件と言わざるをえません。レドフォードは「ソ連軍のカードには、史実と同様に枢軸軍を撃退できる能力を与えている」と語っており、「バランスのためには担当陣営を決定する際のビッド(入札ルール)において、枢軸側に生産ポイントを追加する必要がある」とも述べています。つまり、ゲームを最後までプレイした場合、枢軸側の勝ち目が薄いということ。サドンデス勝利にはモスクワ、レニングラード、バクーのすべてを占領する必要があり、これも非常に困難です。
またソ連側に、レンドリースによる補充を受けられるカードやパルチザンの配置カードなど、生産コストゼロ(つまり無料)で手札に買い戻せるカードが多いのも特徴でしょうか。そのため枢軸側の侵攻により生産ポイントが低下しても補充能力を失いにくく、しかも一定の手札枚数を確保することができます。
対する枢軸側の強みは、戦闘におけるダイス交換率がソ連側と比較して圧倒的に良いことと、序盤におけるカードの優位です。枢軸側デッキには「連続してカードプレイを実施できる」という特例を持つ4枚の電撃戦カードが提供されており、これを使用することで連続手番による攻撃を実施できます。ただし、電撃戦カードにはいずれも大きな購入コストが設定されており、簡単に買い戻すことができません。これは、枢軸側の燃料不足を表しているとのことですが、必然的に攻勢が限定的になっていくことを意味しています。補充カードのコストが比較的高く、補充と攻勢を両立させにくいというのも枢軸側の弱点でしょう。
なお本作におけるユニットは歩兵、戦車、航空機のほか、前述の専用カードにより配置されるパルチザンの4種類が登場します。戦車ユニットは、戦闘において歩兵と同様に扱われますが、歩兵の倍の移動能力とオーバーラン能力があり、さらに戦闘において相手よりも多くの戦車ユニットが参加している陣営に、ボーナスダイスを与えるという特性を備えています。
航空ユニットも、戦闘により多くのユニットを参加させている陣営にボーナスダイスを与える点では同じですが、戦車ユニットと違って戦闘ダイスは振らず、戦闘前に双方の陣営から同戦力の相殺を行います(空中戦による損耗を表す)。
数で劣る枢軸側は、戦車や航空ユニットによる機動力が頼みの綱ですが、これらの生産が先細りとなっていくのが辛いところでしょうか。ちなみに、パルチザンユニットは移動も戦闘も実施できませんが、エリアの支配を獲得して枢軸側の補給路を妨害し、退却を制限する能力があります。決して脅威ではありませんが、コストなしでいきなり戦線後方に出現するため、非常に厄介な存在といえるでしょう。
改めて本作を評価すると、非常に面白い作品ではありますが、最初にデザインされただけあってルールや一部のカード効果、プレイバランスなどに粗削りな部分が見えるのも事実でしょう。ウラル方面やギリシャといった周辺マップエリア、ユーゴスラビアのパルチザンなど、ゲームの勝敗と直接関係がないように思える要素も少なくありません(ユーゴスラビアのパルチザンが意味を持つ状況であれば、すでに枢軸側の敗北が確定しているため)。
また勝利条件についてはすでに述べた通りですが、基本的には枢軸側に勝ち目がないように見えます。枢軸側が早期にレニングラードを占領しない限り、フィンランドの降伏は避けようがなく、これにより枢軸側の勝利はいっそう困難になります。とはいえ『Pacific Tide』が入手困難な今[原稿執筆当時]、非常に野心的なシステムを持つ東部戦線キャンペーンゲームとして、魅力ある作品ということに間違いはないでしょう。
艦隊決戦と上陸作戦にフォーカスした太平洋戦争テーマの『Pacific Tide』
もう1つの作品である『Pacific Tide』に関しては、現在のところ残念ながら版元切れ[原稿執筆当時]となっています。ただ、来年に向けて再版の計画があるとアナウンスされているので、希望を込めて、最後にちょっとだけ紹介させてください。
改めて、本作は1941年から1945年までの太平洋戦争を扱ったゲームとなります。ただし、ご存じの通り真珠湾攻撃が実施されたのは41年の12月ですから、41年ターンにおいて実質的にアクションを行えるのは日本軍のみ。連合軍にもカードは与えられますが、たった2枚だけで、しかも移動と生産しか行うことができません。
勝利条件はシンプルで、終戦までに日本本土と沖縄を除くすべてのエリアを支配すると連合軍の勝利。それを阻止した場合、日本軍の勝利となる設定です。なお42年ターン終了時に、日本軍が史実の進出ラインに加えてミッドウェーを確保している場合は、サドンデスによる日本軍の勝利となります。そう、ミッドウェーです! これが孔明の罠、ではなくデザイナーの誘導なのは言うまでもないでしょう。
『Ostkrieg』との違いは、戦車ユニットの代わりに空母ユニットと艦隊ユニットがあること、航空機ユニットに陸上機と艦載機の2種類があることでしょうか。戦闘は海上・航空戦闘と陸上戦闘の2つに分割され、それぞれ手順が異なっています。また補給の制限が比較的ゆるく、孤立した島嶼エリアの陸軍が、補給切れで除去されることもありません。そのため、全エリアを支配する必要がある連合軍には、着実に上陸作戦を実行していく計画性が求められることとなるでしょう。上陸作戦アクションを実施できるカードは限られていますから、それらをうまく手札に組み込んでいくマネジメントが勝敗を決めるわけです。
ゲームの展開は概ね史実に沿った形で進みますが、マップのレイアウト上、ソロモン諸島よりウェーク島やアリューシャン列島が艦隊の重要な拠点となったり、連合軍によるインドシナやシンガポールの奪還が必須となるなど、やや史実とは異なる点も見られます。日本軍にとって、生産ポイント全体に占める南方の資源地帯の割合が2割以下に過ぎず、重要性が低いデザインになっているのも気になるところ。そのため、艦隊決戦が発生するエリアは必ずしも史実と同一ではなく、このあたりは評価の分かれる部分かもしれません。
さて、ここまで駆け足でのご紹介になりましたが、いかがだったでしょうか? 私個人の感想を言わせていただくならば、両作品とも単純ながら非常に洗練されたメカニズムを採用しており、今後の展開に期待したいところ。思い切って、古代戦やSFテーマの作品なども良いと思うのですが……。
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