本稿は「BANZAIマガジン」第12号に掲載された鹿内靖氏のレビューです。IED社より日本語版が発売されるとのことで、購入の参考にしていただければと思います。(画像提供はDRAGOON氏)
無謀と見えた3月発動だが
歴史上の赤軍は、本作に当てはめれば10 VP獲得で戦略的勝利を収めている。それには及ばなかったが、史実どおりの「城塞」を発動すると歴史に近い結果が得られるのが分かった。そうなると今度は、早期に作戦を発動したらどうなるのか知りたくなる。
1943年3月13日、クルスク挟撃が泥濘期終了後に実行されることが確定したにもかかわらず、マンシュタインは続く数日間、ただちにクルスクの戦線屈曲部を除去するよう、繰り返し陸軍参謀本部を急き立てたという。
この要請に応えてみたくなったのである。ゲーム上最も早いAターン、つまり3月中に「城塞」を発動する対戦を行うことにした。
この時期にドイツ軍が戦端を開く不利があるのは前に述べたとおり。しかし、実は利点もある。まず赤軍が最も弱い状態にあること。それに赤軍の陣地もほとんどが完成していないこと。そして奇襲効果を期待できることだ。
Aターンに赤軍プレイヤーが選択したいと思う態勢は“休息”に他ならない。なにしろ全ユニットが1ステップしか持っていない脆弱さなのだから。“展開”や“交戦”を選べば、マップ上のユニットを除去しなければならなくなる。
敵の行動に対応可能な“再配置”も選ばないのは、ドイツ軍の主戦力たる装甲軍団が全て1ステップの状態にあること。泥濘により、その攻撃力が半減され、移動も1ヘクスに限られることなどから、ドイツ軍が“交戦”を選ぶ可能性は低いと見積もるためである。
むしろドイツ軍も“休息”で余分な補充を得て、戦力の回復を優先すると考えるのが普通だろう。そこにつけ入るすきがあった。
【Aターン】
3月の融雪期、泥濘の中、ドイツ軍は突如として攻勢に出た。“交戦”を選択したのだ。歩兵1、機械化1ステップを犠牲にしなければならない。だが、このターンの補充はゼロ。マップ上の歩兵軍団1つをステップ・ロスさせ、装甲軍団1つを除去(!)する。
装甲軍団はこのターンの攻撃の主力は担えない。比較的強力な歩兵軍団を攻勢の主軸に据える。鉄道移動を使って配置転換を行い、攻勢地点に投入する。
クルスクの第一線陣地はまだ完成していない。攻勢マーカーも投入して戦闘比3対1から4対1で攻撃。これを突破し、第二線陣地へと迫る。
ヒトラーの顔も立てて(?)クピャンスクを目指す「大鷹」作戦も発動する。こちらの赤軍陣地もまだ未完成なので攻撃はうまく運び、赤軍の一部を連絡線途絶状態にする。北のヴェリキエルーキ方面でも2対1、南のタガンローク方面でも5対1の牽制攻撃をかけ成功させる。赤軍6個軍を殲滅し、損害は3ステップですむ。
そして赤軍は、やはり“休息”を選んでいた。移動フェイズもないので補充(“休息”による追加を含め歩兵3、機械化1ステップ)を使った戦線強化しかできない。
ドイツ軍は奇襲に成功した。
【Bターン】
4月は地表状態が通常になる。ドイツ軍は引き続いて“交戦”。代償に歩兵1ステップをマップ上から除去、機械化1ステップの消費はこのターンの補充からまかなう。ユニットの回復が全くできないまま攻勢を続ける重圧がのしかかる。しかし攻勢は継続しなければ、その果実を得られない。
クルスク方面では完成前の第二線陣地の一角に楔を打ち込むことに成功する。「大鷹」作戦も順調に推移し、2個機械化軍を撃破してクピャンスクに迫る。タガンローク方面でも1個機械化軍を撃破。損害は前ターンと同じく3ステップ。
赤軍はすぐにでも反撃を行いたかった。しかし充分な補充のない今、“交戦”を選ぶとマップ上のユニットをステップ・ロスさせるか除去しなければならない。それでは、さらに危機的状況に陥る危険性が高い。
やむなく“再配置”とし、クルスク周辺の戦力を強化しながら戦線を整える。第二線陣地も完成前にその半分を放棄せざるを得なかった。
【Cターン】
5月は再び泥濘。それでもドイツ軍は“交戦”を選択する。歩兵1、機械化2ステップの補充があり、1ステップずつを“交戦”の代償に消費、1個装甲軍団を回復させて攻勢を続ける。戦略目標のクルスクに隣接する地点にまで到達する。
赤軍は、まだ攻勢に転ずる状態にはなかった。“再配置”で戦線の補強、整備につとめる。
クルスクから広がる戦火
【Dターン】
6月に相当するこのターンから、10月上旬に相当する第6ターンまでは通常の地表状態が続く。ドイツ軍は当然“交戦”態勢。機械化補充が4ステップきたので3個装甲軍団を回復させ、攻撃準備は万端となった。
装甲軍団を集中投入し、攻勢マーカーも使って赤軍最強の機械化軍が守るクルスクを奪取。戦略目標達成による1 VPを獲得する。なお「大鷹」作戦に関しては、クピャンスク攻略は作戦的意義低下と判断。同方面の攻勢は中止した。
一方、歩兵5、機械化4ステップの補充を受けた赤軍は、防御で戦局は変えられないと、ついに“交戦”態勢を決意し4ステップを消費。クルスク北のオリョール方面、南のクピャンスク方面で反撃を開始する。
回復した赤軍ユニットによる反撃は苛烈で、完全戦力のドイツ軍歩兵に対して3対1から6対1の戦闘比が成立する。ドイツ軍2個軍団が粉砕され、戦線が押し戻される。赤軍の機械化軍が突破しつつあった。
【第1ターン】
7月初旬。クルスクを奪取し、10個軍以上を撃破したドイツ軍は、すでに戦略目標を達成している。予想より早い反撃と思わぬ損害にたじろぐ同軍では、補充を受け取り、後退して防御を固める“再配置”案も浮上していた。だが突進している赤軍を阻止するには、これを叩くしかない。さらに“交戦”を選ぶ。
機械化7ステップという大量の補充があったため、“交戦”の代償を支払っても装甲軍団のほとんどが完全戦力に回復した。突破を図った赤軍の先鋒を連絡線途絶状態にして痛打を与え、2個機械化軍を排除。戦果と引き換えに2ステップの損害を受ける。全ユニットの移動フェイズでドイツ軍は自軍陣地に後退した。
ドイツ軍を退がらせた赤軍だが、無理を押して攻撃した影響は少なくなかった。強力な突破の矛先が折られたのも痛い。さらなる攻勢のためには戦力回復の要があり、“再配置”を選ぶ。歩兵3、機械化2ステップの補充を受けると、攻撃予定地点へと進ませる。
【第2ターン】
7月中旬から下旬。度重なる“交戦”で疲弊したドイツ軍の補充は歩兵1、機械化マイナス1だった。装甲軍団をステップ・ロスさせる。追加の歩兵補充は欲しいが、敵に対応できない“休息”は選べない。“再配置”で戦線を整える。
赤軍の補充は歩兵4、機械化2。ドイツ軍の補充減少を知る赤軍は、再び“交戦”を選択。消耗したドイツ軍歩兵を狙って叩き、部分的突破にも成功する。
【第3ターン以降、最終第8ターンまで】
8月以降のドイツ軍は、2度の“交戦”をまじえて赤軍に痛打を与えながら、“再配置”による遅滞作戦を繰り広げていった。
赤軍は苦しい戦いを強いられた。戦闘による損害が積み重なっていく。だが攻撃しなければ勝利は目指せない。しかし“交戦”を選べば戦力回復は進まない。そして攻撃すれば損害は避けられない。
結局、11月上旬の第8ターンが終わった時点で、赤軍が占領できた勝利条件都市は6カ所で6 VP。ドイツ軍は戦略目標達成で1 VP、より多くのユニットを除去して1 VP、計2 VPを獲得している。6 VPから2 VPをマイナスして赤軍4 VP。
ドイツ軍の戦略的勝利という結果になった。
幸福な相互作用を体験する
この結果から、ドイツ軍は3月中にクルスクを攻めるのが正しかった、などというつもりはない。本作では、そう解釈されていると推察できるに過ぎない。非常に興味深い結果には違いないが。
重要なのは、こういった試みができたことである。歴史上にはさまざまな選択肢が立ち現れる。そうした判断を試し、その結果を見ることができる。これこそウォーゲームの特質であり、面白さではないだろうか。
それだけではない。さらにその判断の背景にあるものを、ある種の実感を以て受け取り、考えをめぐらすことができた。
正直にいって筆者は、なぜドイツ軍(マンシュタインや参謀本部)があれほどクルスクにこだわったのか、赤軍の打撃力を減殺し戦線を短縮するためという表現では、どうにもピンとこないものがあった。
だが本作を対戦して、ようやく腑に落ちた。
突出部を切り取り、戦線を短縮すれば守りやすくなるとは、逆に突出部から進出されれば、戦線は大きく広がり被包囲の危機にさえ瀕するということではないか。ドイツ軍が恐れたのはこの状況だったのだろう。ドイツ軍の抱いた危惧が理解できるように思えたのだ。
『バトル・フォー・クルスク』では、これまでのクルスク戦ゲームでは感じられなかったそれが感じられ、紡ぎ出される物語性が楽しかった。最もウォーゲームらしい美点を備えた、と形容するのが相応しい快作である。
さて、『クルスクの戦い1943 第二次世界大戦最大の会戦』(ローマン・テッペル著/大木毅訳 中央公論新社)という本が、従来のクルスク戦像に代わる新たなそれを提示し、注目されたのをご存じの方も多いだろう。
ウォーゲーム・プレイヤーの立場からすると、同書の前半、クルスクとそれに関連する戦いをめぐる作戦案が二転三転するあたりが抜きん出て興味深かった。そうした「城塞」の周辺に存在するいくつかの作戦案についても、ゲームを通し考えをめぐらせてみた。
まず、マンシュタインが2月に提案した大規模なバックハンドブロウ案。メリトポリ、ドニエプロペトロフスクの線の背後にまで赤軍を引き込み、北側から赤軍をアゾフ海方面へ圧迫するというものだ。
これにはプレイヤーとして本能的に危険を感じた。ハリコフの南を大きく開くかたちで、あんなに広く障害のない地形に、ある程度の戦力を揃えるであろう赤軍を解放してしまうのは、恐怖以外のなにものでもない。なにが起こるか全く予想できないし、なにかが起こるとすれば、それは大災厄となる予感しかない。
ドニェツ河床からの撤退をヒトラーから拒否され、案は立ち消えになったわけだが、ここはマンシュタインに賛同しないのも無理はないと思える。
無謀にしか見えないクルスクの3月攻勢を主張するようなマンシュタインだから、思いつく案ということか。ただ、マンシュタインの才を以てすればなんともいえないところもあり、無条件な否定は不当かもしれない。いずれにしろ、マンシュタインの度胸のよさと過剰なまでの自信のほどに感心した次第。
もう1つ。ヒトラーが2月に考えていた、複数の小さな鉤(ハーケン)を打ち込む案。主導権を維持するため、先手を取って小規模な攻勢を連続的に行うものだ。
こちらは割合うまくゆく。ゲーム上では、モスクワを警戒させるヴェリキエルーキ方面での陽動と、ハリコフ南東のチュグエフ、スラヴャンスクからクピャンスクを指向する作戦、そしてタガンローク方面での小攻勢を組み合わせるかたちとなる。
赤軍5、6個軍(ユニット)の殲滅と引き換えに、おそらく4ステップ程度の損害が見込まれるが、ハリコフより南の戦線が短縮され安定する成果を得られる。
しかし主導権維持の点では、クルスク突出部からの赤軍の進出という脅威の解決にはならず、戦略的に大きな問題を積み残す結果になると思われる。
『クルスクの戦い1943』を読んだことで、『バトル・フォー・クルスク』をより深く吟味でき、また『バトル・フォー・クルスク』を対戦したことで、同書の再読、再々読がより一層実りあるものとなった。
本当に面白かったのは、そんな幸福な相互作用を体験したことだ。(完)
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